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【ヨーロッパ周遊 #1】歴史と海が交わる街、マルセイユ|南フランス4泊旅行記 🇫🇷

前回のフランス・リヨン旅は以下から。

リヨンからマルセイユまでは、バスで約5時間。事前に「マルセイユはフランスの中でも治安に注意が必要な街」と聞いていたため、暗くなる前に移動を終えられるよう、昼頃に到着する便を選びました。

マルセイユ・サン・シャルル駅に到着したあと、スーツケースを引いて今回泊まる宿の近くまで移動しました。まだチェックインまで時間があったので、マクドナルドで昼食を取りながら少し時間を潰すことに。フランスのマクドナルドは、まだ値段が良心的に感じられ、旅の途中では助かる存在です。

マルセイユは2,600年の歴史を持つ港町

マルセイユは約2,600年の歴史を持つ、フランス最古の都市といわれています。紀元前600年頃、現在のトルコ西部にあたるフォカイアから来た古代ギリシャ人によって「マッサリア」として築かれ、その後、地中海交易の拠点として発展してきました。

現在でも旧港「ヴュー・ポール」は街の中心です。港には船が並び、周辺には魚市場やカフェ、レストランが集まっています。長い歴史を持つ都市でありながら、海の近くでは港町らしい開放感を味わえるのがマルセイユの魅力です。

マルセイユ土産といえば、マルセイユ石鹸

お土産を買うなら、マルセイユ石鹸が有名です。地中海に面した港町で発展した伝統的な石鹸で、植物油を主原料としてるらしいです。伝統的な製法のものにはオリーブ油が使われることも多く、香料や着色料、防腐剤を加えないシンプルな製品もある模様。

ただし、店頭に並ぶすべての商品が同じ原料や製法というわけではなく、伝統的なものを選びたい場合は、原材料や植物油の含有量を確認すると安心です。お土産店に入るとすぐ目に留まるほど、街を代表する定番のお土産。(今回は買いませんでした。)

フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』とマルセイユ

マルセイユの名は、フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』の歴史にも残っています。この歌はもともと1792年にストラスブールで作られた軍歌だったのが、フランス革命期にマルセイユの義勇兵たちが歌いながらパリへ進軍したことで、パリ市民から「マルセイユから来た兵士たちの歌」と認識され、『ラ・マルセイエーズ』と呼ばれるようになったようです。のちにフランス国歌となった背景を知ると、この街がフランス史の中で持つ存在感を改めて感じます。

The People Hostel Marseilleに4泊

今回泊まった宿は「The People Hostel - Marseille」。4泊で100ユーロでした。立地がかなりよく、マルセイユの中心部や観光スポットへ移動しやすかったので、街歩きを重視したい人にはおすすめできる宿です。

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宿から見える景色

共用スペースとテラスの雰囲気

時間になったので宿へ向かい、チェックインしました。共用キッチンはありませんが、地下1階には机が並ぶスペースがあり、作業をしたり、買ってきたご飯を食べたりできます。パソコンを開ける場所があるのは、長期旅行や仕事をしながら移動している人にとってありがたいポイントです。

初日は近くの売店で買ったビールで晩酌

1階の受付ではドリンクなどを注文できます。外には開放的なテラス席がずらっと並び、明るい時間帯はとてもいい雰囲気でした。宿の中で少しゆっくりしたい日にも使いやすいと思います。

初日の夜に外から悲鳴が聞こえた

初日の深夜に外から悲鳴が聞こえ、部屋中の人が一斉に起き上がる出来事が発生。自分は何が起きたのかまったく把握できなかったのですが、最終的には大きな問題ではなさそうな雰囲気になり、そのままなんかみんな落ち着いた感じになりました。(なんだったのか。。)

夜間は人通りのある道を選び、深夜の一人歩きは控えた方が良さそうな雰囲気でした。

マルセイユに4泊した理由は、モナコへの日帰り旅

今回マルセイユに4泊した理由の一つは、滞在中の1日を使ってモナコへ行きたかったからです。マルセイユ観光だけでなく、途中にモナコへの日帰り旅を入れたため、少し余裕を持たせてこの日程にしました。

モナコでの旅については、以下記事から。

ヴュー・ポール周辺を散歩

ヴュー・ポール周辺へ行ってみると、訪れた日は港沿いに屋台が軒を連ねていて、昼間の旧港周辺はかなり平和な港町という雰囲気でした。

船が並ぶ景色を眺めながら、海風を感じて歩く時間はとても気持ちよかったです。マルセイユに来たら、まずヴュー・ポールを起点に街を歩くと、この街らしい空気を感じやすいと思います。

ノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院へ

旧港から見える丘の上には、マルセイユを代表するバジリカ「ノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院」が建っています。街のさまざまな場所から見えるため、マルセイユのシンボルのような存在。

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13世紀の礼拝堂から、現在のバジリカへ

この場所には1214年、最初の小さな礼拝堂が建てられました。現在のバジリカは、マルセイユがフランス最大の港として発展していた19世紀に建設されたものです。1853年に礎石が置かれ、1864年に献堂されました。つまり、13世紀の礼拝堂そのものが現在まで残っているのではなく、長い信仰の歴史を持つ丘に、19世紀になって現在の壮麗な建物が造られたということです。

天井から下がる船の模型

内部で特に印象に残ったのが、天井から吊り下げられたミニチュアの船です。これは船乗りや漁師、その家族たちが航海の安全への感謝や祈りを込めて奉納したもの。港町マルセイユと海で生きる人々のつながりを感じられる装飾でした。

見えにくいですが、上から船の模型がぶら下がってます

丘の上からマルセイユを一望

寺院は丘の上に建っているため、マルセイユの街と地中海を一望できます。坂を上るのは少し大変ですが、到着したときに広がる景色には、その労力に見合う価値がありました。徒歩以外にも、旧港方面からバスなどで向かう方法があります。

丘の上から見えるシャトー・ディフ

ノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院からは、海に浮かぶシャトー・ディフも見ることができます。島に築かれた要塞で、のちに監獄として使われた場所です。

シャトー・ディフは、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』で、主人公エドモン・ダンテスが投獄される舞台として有名らしく、いつか読んでみたいです。実際に島へ渡る船や見学ツアーもあるようなので、時間に余裕がある方は行ってみてください。

別の日にはマルセイユ大聖堂へ

別の日には、港の近くに建つマルセイユ大聖堂「Cathédrale de la Major」にも行ってみました。こちらも19世紀を代表する大建築で、1852年に礎石が置かれ、1893年に完成。約40年をかけて造られた大聖堂です。

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外観は明るい色と濃い色の石が交互に使われた縞模様で、港の景色の中でも強い存在感があります。周辺には歴史地区ル・パニエがあり、裏路地へ入ると雰囲気のいい細い道や建物が続きます。大聖堂だけを見て戻るのではなく、時間があれば周辺の路地も一緒に歩くのがおすすめです。

裏路地がシャレオツ

マルセイユで訪れたレストラン「Splendido」

マルセイユ滞在中、レストランへ行ったのは一晩だけでした。訪れたのは「Splendido」。比較的きれいめで華やかな雰囲気のレストランです。

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今回はトリュフパスタとワインを注文しました。気づけば、こういう雰囲気のレストランにも一人で入れるくらいの強心臓を手に入れていました(笑)。一人旅を続けていると、以前なら少し勇気が必要だったことも、いつの間にか普通にできるようになるものです。

まとめ:少し身構えて到着したマルセイユは、海風が心地よい歴史ある街だった

治安があまりよくないという事前情報を聞き、少し身構えながら到着したマルセイユ。しかし、昼間に歩いたヴュー・ポール周辺は穏やかで、船が並ぶ港と海風が心地よく、想像していた以上にのんびり過ごせました。

一方で、初日の夜に外から悲鳴が聞こえたこともあり、夜間の行動には注意したほうがよいという印象も残りました。過度に怖がる必要はないと思いますが、到着時間を昼にする、人通りのある道を選ぶ、深夜の一人歩きを避けるといった対策はしておいて損はありません。

約2,600年の歴史を持つ旧港、街を見守るノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院、海に浮かぶシャトー・ディフ、約40年かけて造られたマルセイユ大聖堂。実際に歩いてみると、マルセイユは単なる「南フランスの港町」ではなく、海と信仰、交易、革命の歴史が重なった街でした。

滞在中にモナコへも出かけたため、4泊は本当にあっという間でした。まだ見られていない場所も多く、次に来るならシャトー・ディフへ渡ったり、名物料理のブイヤベースを食べたりしてみたいです。

マルセイユでの滞在を終え、次はスペインのバルセロナへ向かいます。

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かず

バックエンド/フロントエンド/クラウドインフラのフルスタックエンジニア | デジタルノマド(‘23/6〜) で世界放浪中 | 主にプログラミングに役立つ情報を発信 | Xでは旅の様子を発信

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